存在が耐えられないほど軽い、12月24日。
わたしはクリスマスイブのデートを当日すっぽかされたことが2回ある。
それぞれ理由は、「レポートが終わらない。」と「課題が終わらない。」だった。
レポートも課題も随分前から締切というものが提示されている類のタスクであり、たとえタスクの見積もりが甘かったとしても12月24日、12月24日の夜の予定をわざわざ空けさせ機会を喪失させ独占した上で当日になってキャンセルする、だけでなく、「インフルエンザになった。」「親戚が倒れた。」「実家の犬が死んだ。」といったこの世に一定期間在り続けた社会的動物なら取り揃えているであろう数ある言い訳コレクションの中から「レポートが終わらない。」を待ち合わせ5時間前に選ぶセンスはどこから生まれるのか。
しかもこんな出来事が30年にも満たない人生で2回もこの身に起こるとは。
わたしが選ぶ相手を間違えている気もする。
彼らにとってわたしという存在は吹けば飛ぶほど軽かった。
だけでなく、彼らにとって彼ら自身の存在もまた耐えられないほど軽い。
*
少し前、わたしは小学二年生の男の子に英語と算数を教える家庭教師をしていた。
小学二年生が2時間机に座ってなければならならない。これはとても大変、というかほぼ不可能だ。まずはお互いに「よろしくお願いします。」と挨拶をしてみよう、というところから教えなければならなかった。
彼はとても賢かった。一ヶ月も経つと、わたしが家に来てからわーとかぎゃーとか一通り走り回った後で、照れながら「よろしくお願いします。」と言えるようになった。
「よろしくお願いします。」
しかし、少し経つとやはり2時間机に座るのは無理だよねって話になる。この年齢の人間の身体はひとところに止まるような仕組みになっていない。彼の中に、なにかしらの哲学というか、自分がここにいなければいけないことへの怒りや哀しみみたいなものが芽生え始めた。
なんでこんなことしなきゃいけないんだ?
彼はその怒りや哀しみをわたしにぶつけた。
ボイコットだ。
わたしのありとあらゆる言葉はすべて彼に無視された。
気持ちは大変よくわかるのだけど、こちらも仕事でクライアントである御両親の目もあるわけで、わたしは彼にお願いをしなければならなかった。
ねぇねぇ。わたしは今とっても悲しいよ。
〇〇くんに話を聞いてもらえなくて。
〇〇くんはどう?お母さんとかお父さんとかお友だちにお話聞いてもらえなかったら悲しくない?わたしは今、そのときの〇〇くんと同じくらい悲しい。
彼は自分の怒りや哀しみで手一杯で、自分の言動が教師に深刻な影響を与えうるということを知らない。こちらは本当に悲しいし、傷ついているのに、そんなことはお構いなしか、こちらを振り向かせる餌を撒いている程度の認識しかない。
彼は自分自身の価値を知らないから、自分で自分のことを簡単に貶める。相手を軽んじることは、自分の相手になんらか作用しうる主体としての地位を放棄することだということにまったく気づいていない。
そんなことはない。あなたはあなた自身が尊重しなければならないのだよ、と誰かが教えなければいけない。妙な使命感に燃えた。
2週間で、彼は机に30分間座るようになった。
*
わたしは現在ポリアモリーなので、時期によっては何人か複数の人と合意の上、関係を持つことがある。
しかし、合意を取ればオールオッケー酒池肉林の世界!???!!!かといえば当然そんな都合のいい世界はない。
複数の人と関係を持つことに合意したものの(このプロセスもまぁまぁ大変)、自分は彼女にとってのone of them=交換可能などうでもいい存在 なのだと勝手に自分の地位を貶めてしまう人が少なくない。
そんなことないよ、あなたはあの人とは違う、わたしにとって尊い、地球上でただ一人のあなたなのだと伝えても、彼は聞く耳を持たない。わたしの言葉は彼には通じない。そこにはもう、わたしがかつて惚れたはずの、生気に満ち満ちた彼はいない。
こうしたわたしの甲斐性なしはしっかりわたしに返ってくる。彼は自分で自分を軽んじた結果、わたしのことをぞんざいに扱うようになる。
*
モノアモリーだったらわたしがクリスマスイブにすっぽかされなくなるかといえばそうではない気がするし、単におまえの魅力不足と言われればそうでしょうねと認めざるをえないけど、たとえあなたにとってわたしが取るに足らない存在だったとしても、あなたがあなた自身を軽んじるのはやめてくれよ、と思う。わたしはあなたを一瞬でも世界のすべてだと信じたのに、信じるに値する人間だったのに、そんな人間が他ならぬ彼自身にぞんざいに扱われているのを見るのは悲しい。
せめて堂々としていてくれ。
レポートは終わらせろ。
いやー、でもさー、誰かにとってかけがえのない存在になるって重いよねー、だからといってさー、軽いのもねー、あーあー…ってなると読み返してまたあーあー…となる。そんな本。
- 作者: ミランクンデラ,Milan Kundera,千野栄一
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1998/11/20
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