はるちん

死ぬまでの暇つぶし。良い日の備忘録。twitter_@chuck_abril17

茶川龍之介がこちらを見ている

最近はよく近所のデニーズで作業をする。

 

何をするわけでもなく携帯をいじっていることもあるし、勉強したり、バイト先の予備校の生徒の答案にツッコミを入れたり、ドリンクバーで提供される何種類ものカルピスを抱えて(幸せ)、ちまちまちまちま5〜6時間すごす。

 

そんなに長時間居座ると隣の席の人はどんどん変わる。段々、自分がこの店の主になったような気分になる。根拠薄弱すぎる優越感。つーか迷惑。ちょっと後ろめたいから、こまめにごはんやデザートを注文する。ドリンクバーは必須。

 

深夜0時頃、隣にカップルが座った。男性は30代半ば、女性は20代前半くらい。

女性はよく喋る人だった。声色と話し方がタレントの鈴木奈々さんにそっくりだ。とりとめもなく、しかし、止まることなく、仕事の愚痴やなになにちゃんが妊娠したとか、子どもって欲しい?子育て大変そう〜とか、彼のむやむやとした返答すら待つことなく畳み掛けている。

 

わたしは2人の会話に耳をそばだてつつ、一人、下を向いて黙々と愛想のない法律の問題集にマルバツをつける。

 

ふとした流れで、2人の話題は子どもの頃に読んだ文学の話になった。(以下、鈴木奈々さんの声色で脳内再生。)

 

「わたしねー!むかしー、芥川龍之介って好きだったの!」

「え?へー。おまえ、芥川龍之介とか読むんd…」

「うん!あれはねー!話がわかりやすい!蜘蛛の糸たどってってー、スルスルスルーとか!ね!あのー、えーっと、あれ誰だっけー?!あれあれ!川端康成とかはつまんなかった!」

「あー、難しいもn…」

「でさー!わたし、芥川龍之介って、ずーっと、茶川龍之介だと思ってて!爆」

 

 

 

 

 

 

 

茶川龍之介

 

 

 

 

まじか。

 

 

 

わたしの大好きな映画に、マーティン・スコセッシ監督の「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」という作品がある。

 

 

 

 

レオナルド・デカプリオ演じるジョーダンが、ウォール街ですらない郊外でウォール街にあるっぽい立派な名前の会社を設立し、素人にクズ株をほぼ詐欺の手口で売りつけ儲けまくって貯金ゼロから年収49億ドルまで上り詰めた挙句、酒!女!ドラッグ!に明け暮れるのだが…というストーリー。

 

3時間という長尺ながら、キレのあるカメラワークと音楽づかい、レオ様渾身のクズキャラ演技で観客を飽きさせない。

 

観客はレオ様演じるジョーダンとその取り巻きのクズっぷり、どうしようもなさを笑い、嘲り、あー、自分はこんな人生じゃなくてぬくぬくした優しい世界に生きててよかったー、と安堵する、はずだった。

 

が、物語の後半そしてラストシーン、わたしたちは「お前の人生、そんなんでよかったの?」と突きつけられる。

 

「お前らは俺たちのこと笑ってるけど、お前らの人生はどうなの?」

 

 

 

鈴木奈々さん風の茶川龍之介さん(仮)はタピオカ片手に、その彼氏さんはドリンクバー片手に(タピオカはドリンクバーに入っていない。)、まだとりとめのない会話を続けている。時刻は午前0時を少し回ったところ。

 

「てかさ、なんでこんな時間にこんな混んでんだr…」

「あー、それはねー、ここはね、まず朝の10時くらいまでは隣のホテルの朝食券持った人が来んの、サラリーマンとか、でー、10時からは近所のおばあちゃんたちのお喋り場になんの、それがー、夜の7時くらいまで。でー、夜の7時から夜中とかは、この辺ね、〇〇大学が近いからー、すごいなんかガリガリ勉強してる若い人がいっぱい来るんだよねー!」

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

お、おれ????

 

 

 

わたしじゃん!

なんかすごいガリガリ勉強してる〇〇大学生!

 

 

 

 

 

見られてる!!

しかも、めっちゃ冷静に俯瞰された!!!!!!

 

 

 

 

 

 

芥川龍之介を茶川龍之介だと思っていたという彼女のこと、正直に言えばちょっと馬鹿にしていた、というか、自分が心理的に有利な立場にいると思っていた。2人の会話に聞き耳立てていたのはこっち(のつもり)だったし。

 

見ている、と思っていた相手に、実はしっかり見つめ返されていたということがわかったとき、なぜかドキッとしてしまう。動揺する。改めて相手もわたしと同じ「目」を持った人間だと認識する。世界がバランスを取り戻す。なんでそんな当たり前のこと、簡単に忘れてしまえるんだろう。

 

ドキドキしながら胸をなでおろした。