はるちん

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ギルレモ・デル・トロ監督『シェイプ・オブ・ウォーター』おまえの愛するアイツも、おれの愛するアイツも、あの子の愛するアイツも半魚人

アカデミー賞の発表を機に、しばらく足が遠のいていた映画館へ。2018年アカデミー賞作品賞受賞作品、シェイプ・オブ・ウォーターを鑑賞。

 

この映画、観る前からネット上の感想がきな臭くてめちゃくちゃ気になっていた。すごく感動している人もいたし、すごく憤慨している人もいたし、すごく絶望している人もいたし。それらの感想全部かなり面白くて、というのも映画について語ることによって無意識に書き手の人生観の一端を語ってしまっているものが多くて、観た後に人生観語りたくなっちゃう映画とはどんなものなのかって期待値が高かった。そして本作はその期待を裏切らなかった。

 

かつ、ショーレース的にもアカデミー賞作品賞ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞作品というだけあって、面白さは担保されているようなものなのだけど、実はこの映画を楽しむには3つ程ハードルを越える必要がある。

(本作に憤慨している人はこのハードルを越えられずつまずいている人が多い。)

ちょっとそのことについて忘れないうちに書いておきたい。

 

あらすじは公式サイトから引用すると、

 

予告編:『シェイプ・オブ・ウォーター』30秒TVスポット(細野さんナレーション入り) - YouTube

1962年、アメリカ。
政府の極秘研究所に勤めるイライザは、秘かに運び込まれた不思議な生きものを見てしまう。
アマゾンの奥地で神のように崇められていたという“彼”の奇妙だが、どこか魅惑的な姿に心を奪われたイライザは、周囲の目を盗んで会いに行くようになる。

子供の頃のトラウマで声が出せないイライザだったが、“彼”とのコミュニケーションに言葉は必要なかった。
音楽とダンスに手話、そして熱い眼差しで二人の心が通い始めた時、イライザは“彼”が間もなく国家の威信をかけた実験の犠牲になると知る。 

映画『シェイプ・オブ・ウォーター』オフィシャルサイト| 20世紀フォックス ホーム エンターテイメント

 

(ここから先、核心に触れない程度のネタバレあります。)

 

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まず、

1.人間が半魚人を愛する、というシチュエーション、これは無条件に受け入れて。

 

 "彼"の身体に鱗がついていようが、愛嬌のあるブサメンであろうが、人間の指を切り落としてようが、愛猫食っていようがなんであろうが、主人公イライザは半魚人の"彼"を好きになる。そのことを無条件に受け入れる必要がある。ちなみになんでイライザが半魚人を好きになるかの描写はそんなにクドクドダラダラ親切にはやってはくれない。説明的な台詞はないわけではないが、物語のかなり後だ。まずは説明なしにこのシチュエーションを受け入れる必要がある。じゃないとこの映画は楽しめない。

 

というのも、この映画はなんで人間が半魚人を好きになるかを説明する映画ではない。恋やら愛やらが始まったら、人間ってどんな無茶で滑稽で美しいことをしでかしてしまうんだっけということを描くことにこそ力点が置かれた物語だからだ。なんで好きになったかとかそんな野暮なことクッドクドダッラダラ親切に説明している暇はない。

 

てかまぁ自分の胸に手を当てて考えてもみてほしいのだけど、わたしたちが今まで好きになってきたありとあらゆる人たち、半魚人となにが違うんだろうか。鱗こそついてないけど30分もかけて毎朝髪を珍妙なかたちに仕上げているとか指を切り落とさなくても出合い頭いきなり無礼な言葉で攻撃してきて第一印象最悪とか猫は食べないけど心酔してるアーティストのことメンヘラブスって言うとか、ランチの最中に前触れもなく不機嫌になるとか、あんなに好きだと言ってたのに振られるとか、おまえの愛するアイツも、おれの愛するアイツも、あの子の愛するアイツも半魚人並みに「他者」である。

 

しかし、わたしたちはそんな理不尽な他者もなんやかんやで好きになる。おれの好きなザ・スミスをあの子も好きって言ってたとか(貴様を好きだとは言ってない)、もう第三者が聞いたらはぁ?って言うきっかけでしょーもない人間を好きになる。

 

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それでも、本作で彼女や"彼"が惹かれあう背景のようなものはかなり説得的だと個人的には思うけど(彼らが愛し合う以外に選択肢なんてあった?とすら思える。)それを飲み込めないって人でも、まぁ恋ってそんなもん、と了解して次へ行こう。この映画を楽しみは、そんな風にして落ちた恋が、イライザになにをさせてしまうのかってところに肝がある。恋に落ちたワケはこの際、置いておこう。

 

次のハードルは、

2.  映画内で起こるシュールなジョークに全力で笑え。

 

この映画、ホラーとかミュージカルとか怪獣映画とか色々と言われているが、軸にあるのは、実は、超王道純愛ラブコメディである。おかしみのあるシーンでは全力で声出して笑ってほしい。

 

シュールな笑いなのでちょっとわかりにくいが、恋しちゃってるんるんの人間や仕事に命懸けすぎている人間は、第三者から見たらだいたい狂ってるしおかしい。いつまで卵並べるんだよとかトイレの前だけ手を洗うなんてキモすぎとかやたら前振りの長いキャデラック秒でぶち壊されるとか初夜の直後に浮かれた赤い靴下ろすなんてわかりやすすぎとか、その他挙げればキリがないが、そういう笑いどころで全力で笑おう。ちなみにこの映画を一緒に観に行った相方は引くくらい声を出して笑っていて、観終わった後、大いに楽しんだ、癒されたと言っていた。

 

本作は、そもそも人間と半魚人が恋ってwwwwというところから始まっている。あくまで象徴的なファンタジーであってマジガチで観る現実世界のドキュメンタリーではない。ここで肩の力を抜いておかないと最後のハードルで大転倒の末大怪我をすることになる。

 

最後のハードルは、

3. 多様性とか差別とか小難しい話は一旦忘れて、理屈ばっかこねるクソ野郎はあらゆるラブストーリーの敵だと思い出せ。社会問題について思いを馳せるのはその後でいい。

 

多分ここでつまずく人は多い。

 

確かに、マジョリティーvsマイノリティーの構図はある。しかもかなりわかりやすいかたちで提示されている。でもね、この映画、超王道純愛ラブコメディなんだよ。超王道純愛ラブコメディでは、ストリックランドは白人ヘテロ男性正社員でなくても悪役になる運命にある。だって彼は、合理性の秩序の中に生きる人間だから。

 

 ラブストーリーにおける敵役って、恋敵を想像しやすいけどそうではない。ラブストリーの本当の敵は、恋路に水を刺す屁理屈だ。恋やら愛やらは、理不尽で非合理。あれをしたらこれをせねばならぬという契約関係ではなく、一方的で献身的な思いのぶつけあい。恋バナに合理性を持ち込む不躾な輩がいたら速攻血祭りにあげられるのは女子会だって男子会だって古今東西同じだろう。

 

ストリックランドは合理性を象徴する。軍隊的なヒエラルキーと職務に忠実で、交換可能な組織の駒で、合理主義!手続主義!の中に生きる孤独な個人。彼にメリットなしに付き合ってくれる友だちとかちょっと想像できない。

 

一方、イライザは無料で映画のチケットくれる親爺さんとか好きな店員のために不味いパイを買い続けるおじさんとかぎりぎりにタイムカード押すために場所取りしてくれる同僚とか、とにかく貸し借りなしの一方的な行為を当たり前にできる人に囲まれている。卵タイマーの音を聞きながら毎朝決まった時間になされるオナニーは、彼女の時間に支配されたつつがない日常は、"彼"との逢瀬で紅色に染まる。合理性の忠実な僕である可哀想なストリックランドくんは、理不尽な性愛の世界のビギナー中のビギナーであり、彼女に勝てる見込みなんて少なくともラブストリーにおいては最初から一ミリもなかった。(演出的には下手くその典型みたいなセックスまで馬鹿にされていている。可哀想。)

 

だから、この映画がオール・ホワイトキャストで作られた70年前の映画だったとしてもストリックランドは救われない。恋やら愛やらの原理原則から、彼が裁かれてしまうのは当然の帰結であって、多様性うんぬん以前の問題だ。むしろここで描かれるのは、極めて伝統的で普遍的で、ピュアなラブストーリー。マジョリティーvsマイノリティーの権力闘争に話を矮小化してしまうと、本作はまったく楽しめない。そんな陳腐な日常の話じゃない。恋愛によって日常のルールが捻じ曲がってしまう物語だ。本作で示唆される社会問題について思いを馳せるのはそのことを理解した後でいい。

 

(ちなみに、ストリックランド役のマイケル・シャノンマーティン・スコセッシが製作総指揮を務めたHBOの『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』というドラマでもマフィアの裏ボスに異様に執着する保安官を好演していて、彼のことを事前に知っていると顔を見ただけでもアウトロー神経症的に敵視する官僚主義の狂人というイメージが増幅される。)

 

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S1 Ep 1: Boardwalk Empire - Recap Video - Boardwalk Empire | HBO

 

以上3つのハードルを乗り越えて鑑賞することができれば、本作は非常に楽しめる。美術も音楽も素晴らしく、ウィットに富んでいてチャーミングだ。人生はきっと豊かになる。アカデミー賞の最近の傾向ガー、とか、多様性ガー、metooガー、とかの議論に疲れて勝手に肩身狭くなって金払って鑑賞してブチ切れるとかまじで損。映画の懐は深い。